ハンディキャップのあるお子さんやそのお母さん、お父さんを対象とした子育てサロンを開催中。またパワーストーンブレスレット作り「今」を一歩一歩進みながら生きているもりかずえのブログです*


by littleyell

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娘のコト14

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2001年1月

意識がほぼ戻り
多分これがあやねの後遺症のあるがままの姿だと医師に告げられ数日。

初めてあやねと兄のしょうまを対面させることにしました。
入院病棟は子供の立ち入りは禁止。
なのでしょうまはしばらくかやの外になっていたのでした。

少しならあやねをロビーに出していいよと許可をいただき
しょうまと対面させました。
あやねの変わり果てた姿にきっとしょうまはびっくりだったことでしょう。
この間まで二人で自転車に乗ってたのに、今のあやねは首すら座ってなくくたくたの人形みたいな状態。おまけに目線も横に固まったまま動きませんでした。

でも、あやねはしょうまに会うとハッキリとしゃべったのです!

「…しょうまぁ…」
そう言ったのです。
病気になる前と同じく呼び捨てでした…
しょうまもあやねと手の平を合わせて
何か交信しているようでした。
そしてその日からしょうまは誰に何を言われても「あやねは治るよ」と。
しょうまもあやねの奇跡を確信したのだと思います。

あやね 3歳10ヶ月
今までできていたことが なんにもできなくなってしまいました…
でも 懸命に 生きていました

がんばりぬきました

そんなかんばりやの あやねの願いは
必ず 叶うと
私たちは信じています
(画像は入院中外出許可をいただけて初めて一時帰宅したときのもの)

以上急性脳症 急性期のあやねの記録でした

また機会がありましたら続きを書きたいと思います。
なぜだかここまでは今年中に書いておきたくてバババーッと更新しました。

もうすぐ2011年も終わりですねF399.gif
このブログに遊びに来てくださった皆さま、本当にありがとうございました。

どうかこのブログがいつか必要なご縁を引き寄せることができますように

私と同じような思いを今現在経験している方の参考や励みになりますように…

ハンディキャップのあるお子さん
そして子育て奮闘中のママさんに

心よりのエールを贈りますF7B2.gif

ありがとうございました

2011.12.31


little yell
かえ♪
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by littleyell | 2011-12-31 22:57

娘のコト13

つづきです
【当時の私の日記】2001.1.6
あやねは昨夜よく眠れなかったらしく、今日はいまいち元気がない。
眠いのかもしれない。
足に刺さってた点滴針が取れた!!
すっきりしてよかった。

今日は私があやねと声をかけるとひきつりながらも笑顔を返そうとする(ように見える)
とてもカワイイ。
意識はハッキリしないというが心は通じていることを実感する。あと小さいが少し声が出てきた。
それから時々「うん」とうなづくようなしぐさをみせる。

タイミングがいいと「わかってるのでは?」と親バカちゃんりん丸出しになる。
なんかこの感覚子供たちが赤ちゃんのときに味わった気持ちに似ているなと思う。
一歩一歩あやねのペースで今までのことを思い出し、またこれからも伸びていく力でダメージをリカバリーしていって欲しい…と強く思う。
どうかどうか この思いを叶えてください。

毎日 毎日 祈っています。

あやねは足をける力が強くなり、足首にあざができてしまった。今日から靴下をはかせて少しカバーする。困った困った…でも、うれしい。


つづく
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by littleyell | 2011-12-31 22:04

娘のコト12

つづきです

【当時の私の日記】
2001.1.4
あやねが私の目をじっと見つめる。
歌をうたうと顔の筋肉がわずかに動く。 (笑おうとしているように見える)

特に大好きな
こぶたのうた♪

目がうるんで泣きそうになっている。
声は出ない。

今日はCT検査
S医師より説明。
脳のむくみは進行はしていない。
ダメージ部分はよりはっきりし、ほぼ真っ黒な状態。
来週MRIと脳の血流検査をするとのこと。
リハビリ(食事)を少しずつ進めていく。
鼻から胃までチューブを入れスタート。
ごっくんと飲みこむことができればプリン状のものを口に入れるそうだ。
さすがに手足がほっそりしたあやね。
食事がとれるようになれればうれしい。

2001.1.5
幼稚園のR先生がカセットを届けてくださる。うれしい。少しでもいい刺激になることを祈る。
午後3時半 検査に入る。脳波。
予定より遅れたため起き出してしまう。
座薬を二個入れられてしまう。(睡眠薬)

待ちの間しょうまと遊ぶ。サティに行き、ズボンなど買う。戻ってからトランプをする。病院についていきたいと言うので一緒に来る。
「オンブ、オンブ」と甘える。
一緒に売店で絵本を買い、一休みしてから別れる。

しょうまも頑張っているんだなぁと痛感した。

あやねの病名はやはり急性脳症
最終的な姿はハッキリわからないという。
けど
何を言われても
医師に見捨てられても
ゼッタイあやねは元気になる!大丈夫!

夕方
検査終了。
シャンプーして戻ってくる。
ドライヤーをかけてあげ、久しぶりにあやねの髪をとかす。
うれしかった。


つづく
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by littleyell | 2011-12-31 21:51

娘のコト11

つづきです
【当時の私の日記】
2001.1.1
2001年の幕開けだ。
今年こそよい年にしたい。
まずはあやねが元気な姿で家に戻ってくること。
これが一番の願いだ。
そして家族全員健康で暮らしていきたい。

久しぶりにしょうまが泊まる。かわいい寝顔を見る。
この子にもずいぶん我慢させてるんだと思うと胸が痛くなるがよりいっそうあやねを元に戻そう!と心が強くなった。
がんばる。

2001.1.2
マウスピースとれる!
午後の面会時間中私が見ていれば取っていいとのこと。
本人「ホゥ〜〜」と声を出し、満足げ。よかった。

2001.1.3
午後病院にいくと
マウスピースがついていなかった。ほっとする。

足を動かす。
けるようなしぐさは 体位を変換して欲しい合図のようだ。

たんが減り、たんがからんでナースコール(吸引をお願いする)をすることはなくなった。

幼稚園のM先生が来てくださる。


※どうもこのあたりの日記から私なりにリハビリを始めようと必死に娘を観察し始めているようです

つづく
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by littleyell | 2011-12-31 21:30

娘のコト10

つづきです
【当時の私の日記】
2000.12.30
今日もあや音の担任のR先生が来てくださる

胸がいっぱいになる
なんとかして幼稚園に通わせてあげたいと思う
しかし人がくると脳が反応してしまうのか痙攣がおき、体が硬くなってしまう…
R先生顔面蒼白…
せっかく来ていただいたのに申し訳なく思う

2000.12.31
私がいない間にけいれんで舌を噛み
マウスピースをつけられ口の周りが血でベタベタになっていた

せめて私がいる間にはこんなことにならないようにする!と思った

市民病院にCT画像を返しにいく
初めに救急であやねを見てくださったT医師がいらした

そして

「親の願いは 必ず 通じますよ」

と言ってくださった

科学的なことしか信じない、そう見えた先生からそのような言葉をいただき、とてもうれしかった

そして、きっとT先生もあやねのことを救いたい!という気持ちで誠心誠意みてくださったんだなぁと改めて実感する

本当に感謝の気持ちでいっぱいです

ありがとうございました

いつか元気いっぱいのあやねをつれて必ずうかがいます
待っていてください


つづく
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by littleyell | 2011-12-31 21:11

娘のコト9

【当時の私の日記】

2000年12月28日

私の友人Mさんが来てくれる

本当に心から感謝している。

Mさんをはじめ
Tちゃんのママ
Gくんのママ
…心が強くなりまたがんばろうという気持ちになれる。

皆のパワーがあやねにもきっと伝わってるだろうと信じてる。
あやね本人のがんばりはもちろんだが周りの皆さんの救いたい!という強い気持ちはゼッタイにあやねのことをよい方向へ歩むよう導いてくれる気がする。

いや、気がするだけでなく ゼッタイそうなるのだ。

まずは私たち家族にできること
風水パワーにも力を貸してもらえるよう家を見直すことから始めようと思う。

そうでもしてないと
面会出来ない時間…
おかしくなりそうだから。



つづく
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by littleyell | 2011-12-28 22:59

娘のコト8

半狂乱状態になり泣き叫んでいた私

その泣き声をそばで聞いていたあやね

どんな気持ちだったでしょう…今それを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいです
あやねのモニターは見る見るうちに状態が悪いということを指し示していました
心拍数が異常に上がり血圧も上がってます

少しだけ自分を取り戻した私は心を落ち着けてあやねと心で交信をしよう!と思い付きました
できるかどうかなんて確証はありません
でも、それしか今あやねを感じる方法はない…
あやねの小さな柔らかい手をそっと握りしめて、まあるいほっぺをそっとなでました
(なんにも変わってない…障害児になるなんて嘘だ 植物状態になるなんて嘘に決まってる…)

でも…私はそのとき正直な胸のうちをあやねにぶつけたのです
(あやね、あやねがこれから障害をかかえて生きていくことになったとき、こんな人生なら幸せにはなれない ちっとも元になんか戻れないし生きてるのがつらい…そう思うなら…
もう、このまま神様のところへ行っていいよ
でも、でもね、もし1%でも元に戻れる、元気なあやねになれる、幸せになれるというのであれば…
目を覚ましなさい!!!
ママはあやねが元気になってちゃんと自分のしたいことを叶えていける
幸せになる!というなら、絶対に、奇跡を信じるから)


…すると
ずっと意識不明だったあやねが
ぱっちりと目を覚ましたのです

(あやねは 決めたんだ…)

…私はこの日からあやねの奇跡を信じることにしました…


つづく
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by littleyell | 2011-12-28 22:49

娘のコト7

県立の子供専門病院に着いたら

足早にストレッチャーで運ばれていくあやね

スタッフも市民病院とは比べものにならない程たくさん…

「早くっ!点滴流せ!」
「検査室!すぐあけろ!」

と ものすごくバタバタした動き

私はそれでもあやねのそばで
「あやね…あやね…」と声をかけていました

「後でお話しますから、お部屋に行っていてください」

看護師さんが入院病棟を案内してくれました

「治るかと思ってたのにねぇ〜〜」

という不用意なせりふ…

(え 治らない病気なの?)

…あやねのいない個室
一気に涙があふれ
(あやね!早く意識を戻して!)
と祈り続けていました…

すると医師からの説明がありました

「診断名は急性脳症です。脳の大部分が死んでしまっています。脳がむくんでしまってるので今夜がやまです。
もし、生きられるとしたら、よくて植物状態ということになると覚悟してください。」

…どういうこと?…
この間まで元気いっぱいだったあやねが「植物…」って…
なに…


私は ことの重大さに気が狂ったようになりました
「あやね、ごめんなさい ママが悪かったのーー ママが全部悪いんだーー
ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんねーー
あやねーー
うわぁぁぁぁーーー」

私は半狂乱になりました…


【当時の私の日記】
2000.12.27

昼 医師より説明あり。県立の病院に搬送しますとのこと。
午後1時 救急車で移動。
検査をする
H医師より病状説明。「前頭葉にダメージがあります」

その言葉で錯乱状態になる私。
病名もよくわからないがとにかく自分を悔いた。

ごめんね、ごめんね と何度あやまっても涙が止まらない。

なぜ、こんなふうにしてしまったのだろう
私は母親失格だ。

本当にただただあやねに申し訳なくて パニックになった。



つづく
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by littleyell | 2011-12-27 21:32

娘のコト6

意識不明で全く起きる気配のないあやね

ドクターたちは私に寝るように勧めました

気づけばクリスマスイブからさらに三日がたっていました

ベットサイドで補助ベッドを借りて横になりうとうとしていたそのとき

…夢をみました

変な夢でした


私があやねの通っているN幼稚園でどうも講演をしているようなのです

そこには演目の書かれた垂れ幕が掲げてありました

題名は
「奇跡を信じて」

…???


意味わかんない…そのときの私はそう思っていました

しかしドクターたちはもうあやねを見切れない判断し県立の子供専門病院に救急車で搬送することにしたのです

「お母さん、しっかり。わたしがついていきますから」と注射器を持ったT医師

(どういうこと?でも様子からして普通じゃなさそう)

そんなこんなで県立の子供専門病院に到着しました


ここから……私は地獄絵図を見ることになりました


つづく
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by littleyell | 2011-12-27 21:09

娘のコト5

…市内の救急病院に運ばれたあやねの意識は一向に戻らず…

担当のドクターが苦しそうに言いました

「このままでは、脳がどんどんむくんでしまい、呼吸中枢を圧迫して死に至ります。辛いですが、脳を萎縮させるお薬を使いましょう。」

あやねが死んじゃう???
それを避けるため?
もうなんでもしてください!という気持ちでした

その薬を使い命を取り留めること…
それが「脳に重い障害を残すこと」とイコールになってしまうかも
ということにまだ私は気づいていなかったのです…

点滴であやねに薬が投入されました

しかし…意識は戻りません…


【当時の私の日記より】

クリスマス…

全くこころがうかない

ただただ祈る

あやねを助けてください

もとの元気なあやねに戻してあげてください…



つづく
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by littleyell | 2011-12-27 16:21